何かの指針

2003年12月14日


随分と暗い
緑がかった青い照明の中にいた
アルミニウムで統一された店内に
人はまばら、早朝のようで
少し前を歩く同年代ほどの青年が
無造作に食品を買物カゴに放り込む
店内は静まり返っていた
何か大きな事象が起こった後
そんな空気が店内には流れている
人々には金を払う気が無く
それでも通路の中央で
暗い店内
ぼんやりと緑色に照らし出される
冷凍食品の数々を吟味している若い夫婦
ふと友達や彼女 両親のことを思うが
全てが
別の国で全く違う人間として
生きていることを思い出していた
小学校以来の友達がいまでは
生まれながらにしてそばかすに金髪
まるで違う顔立ちとなっていた
本を縦横にバンドで止めて片手で持ちながら
見知らぬ外人に笑いかけていたのが
懐かしくも寂しくもあった
彼女はいまプロスキーヤーであり
角度によっては顔立ちのいい
田舎娘といった風貌だった
自分の出場したビデオを繰り返し見ている
その傍らには4、5人の同僚が立っていて
彼女はそれらに対し
自らの腑甲斐なさによって
少なからず焦りを覚えている
あか抜けたプライドや
身なりに厳しいところは消えていて
話したいと思ったが
ビデオは随分長いようで
声さえかけられないまま
ずっと待ち続け無ければならなかった
両親はセネガルで双児の兄妹となり
いまは小さなこどもで
その家の階段を座りながら降りて来る
かつて夫婦であったことを
教えようかどうしようかと迷っていると
赤と青に二分されたデザインのボールを抱えた近所のこどもに誘われて
父親がまず走り出して
母親はこちらを見て
身体を斜めにひねって何か迷っていたが
いつの間にか三人向こうの方へ走り去っていた
レジの付近で窓の外が明るいのを見て
いまは朝の10時ぐらいなのだと思った
その明かりによって
レジ一帯はこの世のものではないように
ぼうっと白んでいた
写真週刊誌が一冊
金属格子の棚に残っており
手に取りぱらぱらとめくった
宇多田ヒカル
宇多田ヒカルと
全てのページに
宇多田ヒカルと大きく縦や横に書かれ
写真は別人のもの
気付くと週刊誌は
表紙の写真の人物の形に沿って
切り取られているような構成で
随分と持ちにくく
棚に戻す
老人がやって来て
それは
森繁先生だった
森繁先生は
このできごとを
君は伝えるべきかも知れないし
伝えるべきではないかも知れない
と言った
伝えれば本来死んでいたはずの誰かが助かり
助かっていた誰かが死ぬらしい
森繁先生はどちらかというと
伝えてほしい様子だったが
それは知っていることは話してしまいたい
という少し幼稚な願望に似ていたように思う
とりあえずその場は頷いておく
菓子をねだるこどもがうるさいので
周囲の大人はうんざりして
わざと買物カゴを床に音を立てて置いた
こどもの母親はその音に対し
なじるように反応する
母親はこどもが
うるさい程度で済んでいるだけましだ
と思っているらしい
母親は別の場所でこどもが周囲に振りまく迷惑
それに伴う苦情に対して
誰よりもうんざりしていたのだ
こどもには表面上愛情を持って接したが
心の底では早く死ねと願った
のちに子供が殺されて横たわってしまうと
心なし母親の表情は軽くなり
菓子売り場を離れて
スパゲティソースの缶の表示を読み始めた
こどもの小学校の名札が取れかかっていて
何故かは解らないが
森繁先生が殺したのだと思った
人々がくすくすと含み笑いをするのが聞こえる
ドイツで運動会の花火が上がった
煙が出るだけの花火
ものすごい歓声が挙がる
レジには店員がひとりいて
おなじ客の食品を延々とさばいている
ラベルが全て英語で
考えてみれば何もかもがひどく洗練されており
未来の出来事ではないかと思った
全てが手後れで
全てを新しく始めなければならなかった
森繁先生はしかし
ことの起こった分岐点に
いまだこだわっているようだ
大勢の人が混乱した
大勢の人が死んだらしい
先生の話を聞く振りをして視点を交差させ
大事な紙とは別の
洗濯機の仕様書の輪郭が太いのを見ていた
あとでその紙を見て自分で考えようと
心のどこかで思う
いつか先生も運動会に夢中だった
野菜売り場で深刻な顔をした男が立っている
青白い照明
客は完全に入れ替わっていて
随分長い時間が経過している
男は
最後に
右を選びなさいと言った
 
 
 
 
 
 



 
 
 

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