隠者の銅貨
2003年12月13日隠者は母親のもとを訪れ
最後です
と
5枚の銅貨を渡して、
一月が経ち
母親を預かる兄
そして離れて住む妹が
隠者の住む森の小屋へとやってきた
母親が兄に銅貨を取られた
と
妹に泣きついたというのだ
兄は
母親が使ったのを忘れているだけだ
と捲し立てる
事実母親は最近物忘れがとみに激しい
しかし妹は
兄が盗み取ったのだ
と母親を庇う
事実兄の性格は著しく歪んでいる
隠者が母親に預けた銅貨が無くなるのは
それが初めてではなかった
彼はその度
都合をつけて
再び銅貨を母親に渡す
最後です と
隠者の兄にとって母親とは
目障りな置物の一語に尽きた
しかし
服屋を営む自分の娘婿が
かつてその弟子という関係にあった
娘婿の目がある以上
大胆なことはできない
そうでなければ
とうに山に捨てていたところである
毎日
母親が飲む牛乳瓶に
水を入れて薄めては
自らの溜飲を下げる
隠者の妹にとっての母親は
世間体や成績だけを評価する
典型的な大人であった
結果として頭ばかりで
冷酷な兄が出来上がったという訳だ
妹は母親に愛情をかけられた記憶が無い
彼女が
人として
人としてと連呼し
母親を弁護したのは
彼女自身の内なる優しさからではなく
自らの反骨精神を保持する為であったのだ
隠者の母親は長男の冷酷を頻繁に嘆く
さんざん目をかけて育てた挙句がこれか
と頻繁に嘆く
長女には
どれだけお前の家で世話になりたい
と頼んでも聞き入れられず
つまりは
長男が娘夫婦に抱く一種の畏れを利用し
自分を長男のところへ
施錠しているのだと解った
次男はわざわざ森の奥深くで
狩りをして暮らしているという
性格は温和だが環境がそんなでは
とても自分の身体が持ちはすまい
どいつもこいつも。
母親は思った
どいつもこいつもと。
どいつもこいつも己のことばかりだ。
隠者のもとへ
兄と
妹とがやってきて
ひととおり口論し
主義主張を並べ立てると
翌日帰って行った
母親のもとから消えた銅貨の行方は
いつものように知れず
隠者は防寒具に仕立てる為の毛皮を
壁から2枚引き剥がすと
ふもとの街まで降りて
銅貨を5枚作った
いまある防寒具は古びてはいるが
使えないわけではない
何も変わらないのだ
何一つとして
隠者は母親のもとを訪れ
最後です
と
5枚の銅貨を渡して、
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