服屋の男

2003年12月12日


薄暗い店内であったが
彼にはその良し悪しが分からなかった


やがて
ドアが開いたのを
肌で感じるも
その客の背格好
年齢
性別
すべてが
まるで分からないのだった


彼は客が
徐々に自分の方へと歩いて来るのを
それとない振動で感じ


こちらの服はあなたに大変お似合いですよ

話しかけようとする

すんでのところでやめた
似合うも何も
自分に分かりはすまい
やがて客が店内をあれこれ動き回る振動
そして
店のドアが開いて
日陰から日向への喧騒や眩さが一瞬
垣間見えたような気がして
ドアは閉まった
静寂


その夜
しかし
彼は昼間のことを悔いた
一概に決め付けるのもどうだ
あるいは
気に入られていたかも知れず
相手が気に入らなければ
そうさ
それまでのことだ
次の相手を待てばいい


あくる日は
朝から夕方まで
誰ひとり来る気配がなかった
彼の覚悟は空回りを続け
待つことほどこたえるものは
この世には無かろう
と肌身に覚えながら
それでもじっと待ち続けた
そして閉店 という時刻になって
ようやくドアは開き
客は
訪れたのである


こちらの服はあなたにお似合いですよ


彼は話しかけた
しかし
言葉は言葉にならなかった
首の無いマネキン 
 


店の奥で埃をかぶるそれは
服さえ掛けられてはおらず 
 
 
  
 
  


  
 
 

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